邦正美について– About Masami Kuni –
邦正美は我が国で、否、世界で最も純粋な舞踊に精通している芸術家である。彼が新しい芸術の創造に邁進していたことは、彼の芸術歴を見ても容易に理解できる。
彼が東大の美学を卒業したことで、邦正美の幼少からの舞踊の技術的研究に確固たる理論的基礎を与えている。
その上に10年間のヨーロッパ滞在期間中の十分な優れた舞踊研究と実習によって、創作舞踊の理論的概念を確実なものにした。
終戦後日本に於いては西洋模倣に終始していた舞踊界に、創作舞踊の独特な行き方を示し、日本教育舞踊研究所長として学校舞踊の純粋化にも多大の貢献をした。
1955年以後は南米・ヨーロッパ・米国の大学の学生又は舞踊指導者の指導の為、世界を駆け巡る日々を過ごした。
彼が東大の美学を卒業したことで、邦正美の幼少からの舞踊の技術的研究に確固たる理論的基礎を与えている。
その上に10年間のヨーロッパ滞在期間中の十分な優れた舞踊研究と実習によって、創作舞踊の理論的概念を確実なものにした。
終戦後日本に於いては西洋模倣に終始していた舞踊界に、創作舞踊の独特な行き方を示し、日本教育舞踊研究所長として学校舞踊の純粋化にも多大の貢献をした。
1955年以後は南米・ヨーロッパ・米国の大学の学生又は舞踊指導者の指導の為、世界を駆け巡る日々を過ごした。
邦 正美(くに まさみ)(1908年~2007年)
*創作舞踊家
*哲学博士
*教育舞踊日本研究所教授
*米国加州フラトン大学名誉教授
*東京帝国大学文学部卒
*ドイツ国立舞踊大学卒
ルドルフ・ラバン、メリー・ヴィグマンに師事。
日本始め世界各地方でソロ舞踊公演を400回以上開催
*創作舞踊家
*哲学博士
*教育舞踊日本研究所教授
*米国加州フラトン大学名誉教授
*東京帝国大学文学部卒
*ドイツ国立舞踊大学卒
ルドルフ・ラバン、メリー・ヴィグマンに師事。
日本始め世界各地方でソロ舞踊公演を400回以上開催
現在の日本において、ほとんど唯一ともいうべき舞踊的現象は邦正美の仕事である。
彼は長い間日本及びヨーロッパにおける理論と実践の統一の上にこの高さにまで達した。創造的芸術に対する渇望をほとんどまったく欠き、感傷的、肉感的、曲芸的模倣舞踊に感激しているような日本の現状においては、彼の仕事の理解されることは難しく、これからの道は険しい。
しかし彼の仕事とコレオグラフィーの高さが理解され、賞美されることは、これからの日本の舞踊の発展にとって絶対に必要である。
何となれば、彼はこれからの舞踊の発展の大道にたった一人で立ちはだかっているのだからである。彼の芸術にいろいろの注文を付けることはできるだろう。しかしそれは彼の第一人者的高さと位置を十分に認めた上でなければ意味をなさない。
彼は長い間日本及びヨーロッパにおける理論と実践の統一の上にこの高さにまで達した。創造的芸術に対する渇望をほとんどまったく欠き、感傷的、肉感的、曲芸的模倣舞踊に感激しているような日本の現状においては、彼の仕事の理解されることは難しく、これからの道は険しい。
しかし彼の仕事とコレオグラフィーの高さが理解され、賞美されることは、これからの日本の舞踊の発展にとって絶対に必要である。
何となれば、彼はこれからの舞踊の発展の大道にたった一人で立ちはだかっているのだからである。彼の芸術にいろいろの注文を付けることはできるだろう。しかしそれは彼の第一人者的高さと位置を十分に認めた上でなければ意味をなさない。
(小説家、画家、デザイナー、劇作家、演出家、舞台装置家、ダンサー、建築家。日本演出者協会初代理事長)
邦正美の創作舞踊– Kuni’s Creative Dance –
創作舞踊は最も厳格な意味での芸術舞踊である。
何故ならば、それは音楽をもとにしそれを視覚化するところの所謂「振付」ではないからである。
何故ならば、それは文学をもとにしそれに振付けたものでもないからである。
ここに世にいうところの新作舞踊と創作舞踊の違いがある。
創作舞踊は従来の意味の「踊り」や「舞踊」や「ダンス」ではない。勿論バレエとは全く異なる。
創作舞踊は運動による空間形成の芸術である。
何故ならば、それは音楽をもとにしそれを視覚化するところの所謂「振付」ではないからである。
何故ならば、それは文学をもとにしそれに振付けたものでもないからである。
ここに世にいうところの新作舞踊と創作舞踊の違いがある。
創作舞踊は従来の意味の「踊り」や「舞踊」や「ダンス」ではない。勿論バレエとは全く異なる。
創作舞踊は運動による空間形成の芸術である。
ギャラリー(クリックで画像が拡大します)
経歴– Career –
1921年 | 邦正美は13才の時、英国人のエルザ・ウィザース女史に舞踊の指導を受けたのが始まりで、その後西洋舞踊の一般を学び、石井獏の門をたたき、又先代市川猿之助に日本の古典舞踊を習い、そして西洋の古典舞踊バレエ技巧をも習得した。 |
---|---|
1933年 | 邦正美は東京日本青年館で舞踊家としてデビュー。 |
1934年 | 東京帝国大学文学部美術史学科卒業。
1930-1935年の舞踊活動初期に於いては、新しい、自由な舞踊表現を求めて数多くの作品を創作して発表。特に前衛的な新しい作品の創作に燃えて、無音楽舞踊の実験を進めた。
|
1936年 | 文部大臣よりドイツ留学命じられる。
その年ベルリン市に渡った邦正美は、メリー・ヴィグマンの芸術そのものと直結した舞踊学校で、終戦までの間、師メリー・ヴィグマンから舞踊に関する考え、舞踊創造のプロセス、彼女の世界観等について貴重な教えを受けた。右側が邦正美。
|
1939年 | ドイツ国立舞踊大学卒 |
1942年 | フリードリッヒ・ヴィルヘルム大学より哲学博士の学位取得 |
1945年 | 第二次世界大戦でベルリン陥落。邦正美はソ連軍に拉致され日本にシベリヤ経由で送還された。 メリー・ヴィグマンはルドルフ・フォン・ラバン門下の、舞踊家であり一流の理論家でもあるが、それよりも優れた創作家、演技家であった。多彩な作品によってルドルフ・フォン・ラバンの進歩的な理論の裏付けをした偉大な活動は、世界に大きい影響を及ぼしている。 |
1947年 | 教育舞踊に深い関心を持った日本全国の小・中・高・大学教師の為に、【京都10回講習】を開く。更に“欧州の舞踊大学と同等の研究を”との熱望に応えて1948年、一年制の、邦正美【第1期舞踊大学講座】を開講。毎年開講し2002年【第51期】で閉講する迄に、1301名が創作舞踊の基本課程を修了した。(※表1) 2021年現在、邦正美創作舞踊研究所は現役研究員が結束して、より高度な芸術表現と教育舞踊の研究に努めている。 創作舞踊では演技力だけを見せるのではなく、作者の創造性も観賞の対象となる。多数の舞踊手による舞台ではスターとその他大勢は存在しない。群そのものが主人公。個人の限られた表現力以上により大きな表現能力を発揮できる。そのような新しい群舞を「動きの合唱」という。 |
1955年 | 『神の休日』原・水爆兵器へのレジスタンスをテーマにした作品。 |
1956年 | 邦正美はイギリスを訪問し、ルドルフ・フォン・ラバン舞踊学校での再会の写真。
ルドルフ・フォン・ラバンは、近代舞踊革命から現代の創作舞踊を樹立したモダンダンス界の父。 彼が、舞踊が空間芸術である事を証明した事と同時に、舞踊自身の形式論の確立という不変の基盤を作った。 この年〈ヴィグマン・クニ〉 〈ラバン・クニ〉の再会によって、近代舞踊革命で発足した新しい舞踊、すなわち創作舞踊の理論的実際的方法論が完全に確立したのだと考えられる。 |
1959年 | 『黄色い時間』死の灰の不安にさらされた現代を描く。 二作品は共に優れた抽象舞踊作品.前衛舞踊作品として世界から大きい反響を呼んだ。 |
1965年 | 米国加州州立フラトン大学舞踊学部での即興授業。 |
1975年 | 同大学に於いて、名誉教授となる。 |
※表1:邦 正美 舞踊大学講座
第1期 | 1947年 | 愛知 | 38名 | 第25期 | 1971年 | 愛知 | 52名 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
第2期 | 1948年 | 奈良 | 44名 | 第26期 | 1972年 | 埼玉 | 43名 |
第4.5期 | 1948年 | 東京 | 92名 | 第27期 | 1973年 | 静岡 | 47名 |
第3期 | 1949年 | 京都 | 32名 | 第28期 | 1974年 | 埼玉 | 55名 |
第4期 | 1950年 | 京都 | 44名 | 第29期 | 1975年 | 埼玉 | 45名 |
第5期 | 1951年 | 静岡 | 42名 | 第30期 | 1976年 | 埼玉 | 40名 |
第6期 | 1952年 | 静岡 | 53名 | 第31期 | 1977年 | 埼玉 | 45名 |
第5.5期 | 1953年 | 北海道 | 11名 | 第32期 | 1978年 | 埼玉 | 34名 |
第7期 | 1953年 | 静岡 | 49名 | 第33期 | 1979年 | 埼玉 | 33名 |
第8期 | 1954年 | 愛知 | 63名 | 第34期 | 1980年 | 埼玉 | 54名 |
第9期 | 1955年 | 京都 | 28名 | 第35期 | 1981年 | 埼玉 | 54名 |
第10期 | 1956年 | 愛知 | 35名 | 第36期 | 1982年 | 埼玉 | 75名 |
第11期 | 1957年 | 熱海 | 47名 | 第37期 | 1984年 | 埼玉 | 54名 |
第12期 | 1958年 | 京都 | 50名 | 第38期 | 1985年 | 埼玉 | 77名 |
第13期 | 1959年 | 京都 | 62名 | 第39期 | 1986年 | 埼玉 | 57名 |
第14期 | 1960年 | 京都 | 80名 | 第40期 | 1987年 | 埼玉 | 61名 |
第15期 | 1961年 | 京都 | 68名 | 第41期 | 1989年 | 埼玉 | 54名 |
第16期 | 1062年 | 大阪 | 60名 | 第42期 | 1990年 | 埼玉 | 43名 |
第17期 | 1963年 | 大阪 | 54名 | 第43期 | 1991年 | 埼玉 | 35名 |
第18期 | 1064年 | 大阪 | 78名 | 第45期 | 1993年 | 埼玉 | 29名 |
第19期 | 1965年 | 東京 | 59名 | 第46期 | 1994年 | 埼玉 | 36名 |
第20期 | 1966年 | 大阪 | 54名 | 第47期 | 1995年 | 埼玉 | 18名 |
第21期 | 1967年 | 東京 | 57名 | 第48期 | 1997年 | 埼玉 | 31名 |
第22期 | 1968年 | 奈良 | 44名 | 第49期 | 1998年 | 埼玉 | 13名 |
第23期 | 1969年 | 愛知 | 37名 | 第50期 | 1999年 | 埼玉 | 19名 |
第24期 | 1970年 | 愛知 | 44名 | 第51期 | 2000年 | 埼玉 | 9名 |
作品– Works –
1946年 不安をモティフとして
灰色の感覚
過去と未来
異常心理
禁止区域
興味
赤い土1950年 門
でもね
主人公
三つの空間詩
めざめ
贈り物
わかれ1950年 黒い星(動きの合唱)
風のない広場
夜の唄
流れる光
ロゴスの運命
天と地の間1951年 一つの椅子
鎖の詩(動きの合唱)
カルッセル
透明帯
青い鎖1955年 神の休日
(動きの合唱)
生命の家
欲望
会議室
悲劇の起源
終演の唄1957年 はてしなき我が思い
流れ
試作991959年 黄色い時間
或るカテゴリ
愛情配置
もう一つのカテゴリ
特売場
もう一つのカテゴリ
平和利用
もう一つのカテゴリ
告別式
最後のカテゴリ1997年
1998年電脳空間舞踊“CASA”
作品形式モティフ
№0 ゼロ空間
№1スペース・インターフェイス
№2 パースペクティブ
№3 プラス空間
№4 分散空間
№5 ディスタンス
№6 等価空間
№7 ライブスペース
№8 マイナス空間
№9 進展空間2000年 ソーラン節
第一部 海
第二部 波
第三部 人
第四部 流
第五部 空
著書– Books –
★のついている書籍は邦正美記念室にて販売しております。
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書名 | 出版年 | 発行所 | |
---|---|---|---|
舞踊創作と舞踊演出 「邦正美舞台芸術論の集大成」 “人間とは舞踊する存在である”と鋭く洞察する著者が、踊ることとはどういうことかという根源的な問に向かい、演技する芸術=舞踊のすべてを「創作と演出」の観点から豊富な経験で体系的に書き下した舞台芸術論の入門書! |
1986年 | 論創社 定価 2,500円 ★ |
|
芸術舞踊の研究 | 1942年 | 冨山房 | |
舞踊概説 | 1948年 | 神田新燈社 | |
創作舞踊 | 1949年 | 鹿鳴出版社 | |
ヨーロッパの午后 | 1949年 | 極東出版社 | |
教育舞踊 理念と方法論 | 1950年 | 万有社 | |
舞踊 | 1954年 | 体育の科学社 | |
動きのリズム | 1954年 | 万有社 | |
教育舞踊原論 | 1960年 | 万有社 | |
舞踊の文化史 | 1968年 | 岩波書店 | |
アメリカは流れている | 1969年 | 講談社 | |
舞踊の美学 | 1973年 | 富山房 | |
アメリカは激しく流れている | 1984年 | サイマル出版会 定価 1,200円 ★ |
|
ベルリン戦争 | 1993年 | 朝日新聞社 | |
MASAMI KUNI | 1998年 | 論創社 定価 2,200円 ★ |
|
メリーヴィグマンの芸術と思想 (MARY WIGMAN) 何ものにも制約されず、自分の感じたこと、考えたことを身体で自由に表現することを提唱した運動の建築家、メリー・ヴィグマンの舞踏芸術を、弟子の邦正美が豊富な写真とともに解説を付して紹介。 |
2000年 | 論創社 定価 2,800円 ★ |
|
文化と文化 スポーツ文化、文化勲章、アメリカ文化、大衆文化、文化親善…。文化って何だ! 「文化世紀」の20世紀を、世界を歩いた国際的な芸術家が次世代へ語りかける刺激的なエッセイ。 |
2000年 | 新宿書房 定価 2,200円 ★ |
著著書の購入について– About Purchasing books –
下記の著書は邦正美記念室にて販売しております。
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書名 | 価格 |
---|---|
舞踊創作と舞踊演出 | 2,500円 |
アメリカは激しく流れている | 1,200円 | MASAMI KUNI | 2,200円 |
メリーヴィグマンの芸術と思想 (MARY WIGMAN) | 2,800円 |
文化と文化 | 2,200円 |
邦正美記念室– Masami Kuni Memorial –
研究所に併設された邦正美記念室には、書籍、写真や映像、衣装や伴奏音ノート、メリー・ヴィグマン、ルドルフ・フォン・ラバンの手紙等、舞踊史上貴重な資料が公開されています。
邦正美記念室(Masami Kuni Memorial)
※ご来館の際は必ず予約をお願いいたします
Please make a reservation on a visit.
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内装デザイン制作 (2024年1月リニューアル):
長谷川 博 氏
展示内容:
著書、作品DVD、衣裳・伴奏音ノート、写真集
本の原稿、メリー・ヴィグマン、ルドルフ・フォン・ラバンの手紙
他 邦正美の貴重な資料を公開
本の原稿、メリー・ヴィグマン、ルドルフ・フォン・ラバンの手紙
他 邦正美の貴重な資料を公開
開館時間:
開館日:日曜・祭日
13:00~17:00
(休館日:8月、年末年始、ゴールデンウィークは休室です)
13:00~17:00
(休館日:8月、年末年始、ゴールデンウィークは休室です)
入館料:
500円(税込)
アクセス
〒157-0073 東京都世田谷区砧7-6-3
(7-6-3 Kinuta, Setagaya-ku, Tokyo)
小田急線「祖師ヶ谷大蔵」駅より 徒歩13分
小田急線「成城学園前」駅より 徒歩15分
(7-6-3 Kinuta, Setagaya-ku, Tokyo)
小田急線「祖師ヶ谷大蔵」駅より 徒歩13分
小田急線「成城学園前」駅より 徒歩15分
ご来館予約・お問合せ
一般財団法人 邦正美創作舞踊研究所
03-3417-1331
(Fax: 03-3417-5927)